<注意>
これは、小2すん(息子)のテストが発端となり、おいたん(兄)から聞いた話が面白かったので、漫画にしました。
ここだけ(3話目だけ)見ると、誤解が生じる恐れがあるので、是非、最後まで読んでいただければと思います。
学校教育に関する議論とは、無関係です。

まとまりの数を教えている

こんにちは。しらこです。
掛け算の順序3話目。

何故、掛け算の順序が大事なのか?
それは、教育的観点から大事になります。

<注意>
“まとまりの数”の取り扱いが苦手な人にとっては、大事になる場合もある…というお話です。
勿論、"まとまりの数"の取り扱いが苦手であっても、掛け算の順序を固定する必要がない人はいるので、万人に通用するものではありません。

まとまりの数

へっ??概念???
(何のこっちゃ…)

 

「概念」は、「それはどういうものか」についての共通の認識を指します。

 

へぇ〜。共通の認識ねぇ…。

 

例題

意味を理解していないと問題が解けない

例題
子供が9人います。
飴を8個ずつ配るつもりが、2個ずつ、少なく配りました。
全部で、何個の飴を配ったでしょう?

自分の子供が、テストやプリントで、掛け算の順序に「バツ」が付けられていた場合、上記の例題のような文章問題を出してみましょう。
(但し、上記の問題は高学年には簡単すぎるので、4/5分は何時間か?と言った問題を出してみてください。すぐに解けるようなら問題ありません。)
この問題とけるかな

(実際は口頭で問題を出してみた↓)

ママ(私)
すんちゃ〜ん!!
問題っ!!ちゃちゃん!!✨

子供が9人います。
飴を8個ずつ配るつもりが、6個ずつ配ってしまいました。
飴は全部で何個配ったでしょう?

 

すん
ママ、ちょっと問題文が長いから、もう一回言って?

 

ママ(私)
子供が〜(以下省略)

↑すん(息子)が書いたメモ。
すんはちゃんと理解してるっぽい。
すんは理解している

このような問題が解けるなら問題ありません。
間違えるようなら、「この子はまだ理解してないな…」と思って、教えてあげて欲しいと思います。

補足

掛け算の順序を縛ることで、”まとまりの数”の概念の理解が進むのか?

おいたん曰く、

おいたん
日本語圏においては、助けになる人もいるだろうね。

とのこと。

おはじきで、2のまとまりを3つ作る。
2+2+2

おいたん
これを「2のまとまりが3つあるね」
と言って「2×3」と教える(定義する)方が、初学者には分かりやすいのではと思います。

全ての学校でそのように教えているかは分かりませんが、少なくとも小2すんの母親である私は、そのように教えています。

おいたん
しかし、これが全ての人に有用であるかは分かりません。実際、まとまりの数の概念があやふやな人に、式の順序を教える事で理解が深まるかには疑問が残ります。

 

表記の問題

「2+2+2」を「2×3」と書くか「3×2」と書くかは表記の問題であって、英語圏では「3×2」と書きます。
日本語を母語とする人であっても、そう捉える人は、いるかもしれません。
数(や抽象的な概念)を捉えられるようになる過程は一通りではなく、よく「言語ではこれ以上説明することができない」状態になります。
より複雑な方が理解を早める場合もあるので、どう理解を深めていくかは各個人で異なります。
(蛇足ですが、厳密には他者がある概念を理解しているかどうかを確認する術はありません。何度かの問答で「おそらく理解しているであろう」と言うことはできるかもしれませんが。)

掛け算の順序縛りは、道具の1つ

この掛け算順序縛りですが、まとまりの数の取り扱いを促す道具の1つ、くらいに捉えるのが良いのかもしれません。

おいたん
掛け算の順序縛りは自転車の補助輪のようなものじゃない?

中には補助輪が必要ない人もいるでしょう。
むしろこの補助輪が自転車に乗れるようになるのを妨げている、と考える人もいるでしょう。
でも、補助輪が必要な人もいるでしょう。

エジソンのお箸もそうだよね。
使っていると普通のお箸が持てなくなるとかいう意見もあるし。
でも「絶対必要ない」なんて、言い切れないもの。

繰り返しになりますが、掛け算順序縛りは”まとまりの数の取り扱いを促す道具の1つ”程度です。
子供の理解が深まるのなら、どんな風に教えても良いと思います。

次回予告

順序を逆にしたら分からない

おいたん
掛け算の順序を逆にしたら、「結果が同じ」ってすぐに分からんよね?

 

え?分かるけど。
2×3も3×2も、答えは「6」じゃん。

 

おいたん
それは…続く。

 

 

エジソンのお箸って、子供用だけだと思ってたけど、大人用なんてあるんだね!!
知らなかった〜。
大人でも、お箸の正しい持ち方が、出来てなかったりするもんねぇ。

 

では、また〜!!

 

 

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コメント一覧
  1. 補助輪なのだとしたら、「あくまでも補助であることを説明する」と「仮に最初は使用を義務付けたとしても、後のいずれかのタイミングで外して良いと明示する」は実行して貰いたいです。

    >実際、まとまりの数の概念があやふやな人に、式の順序を教える事で理解が深まるかには疑問が残ります。
    一番興味があったのは、この点だったのですが…。そうですか…。

    • 期待に沿うお答えができなかったのは残念です。

      本来はここで補足する話ではなく、実際は8話目ぐらいでする予定でした。
      (批判が殺到し、先に、補足という形で提示させていただきました。)
      順序が"まとまりの数の理解"に寄与するのか?という質問に対し、おいたんは、「まとまりの数の取り扱いになれる上で有用なのでは?」という見解です。
      また、おいたんは、権兵衛さんの疑問は、「有用かつ本質的な疑問だ」と言っていました。
      これは、様々な問題が絡んでおり、どのような問題が絡んでいるか?
      教えてもらったことを、何処かのタイミングでツイート、もしくは補足としてブログに書こうと思っています。

  2. >日本語圏においては、助けになる人もいるだろう。

    >式の順序を教える事で理解が深まるかには疑問が残ります。

    >掛け算の順序縛りは自転車の補助輪のようなものじゃない?

    結局「掛け算の順序は、教育的観点から大事」というのは、教育学的な根拠のない思い付きだったということですか?

    • 「掛け算の順序は教育的観点から大事」というのは、“まとまりの数”の概念を掴みにくい人にとっては…という意味で書きました。
      “まとまりの数”の概念を教えるのに、掛け算の順序を固定する事で分かりやすくなる人もいれば、全然必要ない人もいるでしょう。
       
      掛け算の順序を固定して教える事について、「まとまりの数の概念の理解」が進むのか?と問われると、
そこは、脳科学や認知科学等の分野だと思っているので、私には断言できません。
      (だから、疑問が残る…と書きました)
      しかし、日本語の語順を考えると、一定の効果はあるのでは?と思っています。
       
      みかん(主語)が2個ずつ入っている袋が3袋ある。と、考えるとイメージしやすいけど、
      何かわからないけど3袋ある。その中に、みかんが2個ずつ入っている。と、考えると、先に袋をイメージして、あとからみかんをイメージすることになるので、抽象度が増すことになります。
      抽象度が増す問題になると、難しくなるので、”まとまりの数”の計算が苦手な人は、掛け算の順序を固定して教えることで、”まとまりの数”の概念が進むのではないかな?と思います。
       
      時間の問題を例にすると、
      4/5時間は何分か?という問題に対して、
      1時間は60分だから、60×4/5=48分
      これを基に考えると、
      4/5分は何時間か?という問題を容易に考えることができます。
      1分は何時間?(1/60時間)を考える。
      1/60時間の4/5分だから、1/60×4/5=1/75(時間)と考えられます。
       
      だからといって、全員に掛け算順序を固定して強制指導するのはどうかと思いますし、「掛け算の順序を固定することこそ、意味がある」という訳ではありません。
       
      私の記事で、「掛け算の順序を固定することこそ意味がある」と解釈されている人がいるようなので、もう少しリライト、もしくは新しい記事を書きたいと思っています。

  3. >掛け算の順序を固定して教える事について……私には断言できません。

    脳科学や認知科学等の話だから断言できないとのことですが、既にタイトルで
    「掛け算の順序は教育的観点から大事」と断言されているのは矛盾なのではないでしょうか?

    “まとまりの数”の概念を掴みにくい人にとっては「掛け算の順序は教育的観点から大事」
    というお話にも、脳科学や認知科学的な根拠はないのですよね?
    単にしらこさんが、
    根拠はないが「掛け算の順序は教育的観点から大事」と思っている、
    ということなのでしょうか。

    >抽象度が増す問題になると、難しくなる

    「みかんが2個ずつ3袋に入っている」
    「みかんが3袋に2個ずつ入っている」
    「3袋にみかんが2個ずつ入っている」
    これらの文で抽象度は特に変わっていないのでは。

    仮にこれらの文がすべて同じ状況を表しているとわからない人がいるのならば
    教えるべきは掛け算の順序ではなく、それぞれの文章が何を表しているかだと思います。

    また、掛け算の順序を固定して教えるとそれが理解しやすくなるというのも
    根拠のない想像なのではありませんか?

    >時間の問題を例にすると、

    すみません、これは何の例なのでしょうか?

    仮に、 60 ×(4/5) が (1/60)× (4/5) を考える助けになるというのであれば、
    同様に (4/5)× 60 も (4/5)×(1/60) を考える助けになると思うのですが。

    • あぁ、そうですね、タイトル「掛け算の順序は教育的観点から大事」は、強すぎました。
      断言はできないけど、そういう事例もあるよ。という意味で書いたのですが、
      このタイトルだけ見ると、「掛け算の順序を固定して教えることこそが、教育的に大事」と捉えられても仕方ないですね。
      ここのタイトル、変えようと思っていたところでした。
       
      夏の介さんは、私が、想像や思い付きで、全く信憑性がないことを書いたと思っているのでしょうか?
      夏の介さんのコメントから、私はそう読み取りましたが、私自身や、私の周りの話を聞く限りでは、信憑性が全くない訳ではありません。
       
      掛け算の順序を教えることが教育的観点から大事とした根拠は、
      実体験や、そういう話を聞いた(固定した方が分かりやすかった等の話)、また、子供達を教育する教科書の導入部分で使われている(固定はしていないが、「一つ分×いくつ分」の並びになっている)ことから、教育的に見ても、人によっては大事だと思いました。
      実際、掛け算を累加で定義(例えば、2×3=2+2+2と)した時、掛け算の順序を固定した方が、私は分かりやすいと感じました。
      ですので、想像や思いつき…というより、私自身がそうである。という事ですね。
       
      また、私自身は、小学校で掛け算に順序があるように教えられた記憶がなく、
      “まとまりの数”の取り扱いがあやふやだったな…、最初にこうやって教えて貰えれば、”まとまりの数”の概念の理解が進んだのにな…とは思いました。
      (誤解しないでいただきたいのですが「掛け算に順序がある」ということを教える、という意味ではありません。)
       
      脳科学や認知科学は私は全然分かりません。
      ただ、何かを教えてもらった時、掛け算を累加で導入していないとしても(入力)、教えられた側が、累加であると認識している(出力)ならば、それは掛け算は累加であるという教育をしているのではないのか?と思いました(教科書は累加で定義するとは書かれていません【掛け算順序番外編参照】)。
      また、言語を認知するメカニズムが分かっているからといって、そのメカニズムに合わないと無意味か?というと、そんなことはなく、また、そこが難しく、解明されていないところだと思っています。
      殊、教育に関して、入力と出力の間にはブラックボックスがあり、Aと入力したからと言って、Aの出力が出る訳ではない…ということを理解しておく必要があるのではないかな?と思っています(推測)。
       
      もしくは、夏の介さんは、「教育学的な根拠」が、論文やデータに示されていれば問題ない、ということなのでしょうか?
      掛け算の順序を導入時から使わず、最初から、「掛け算は可換である」、と教えた時に、どれくらいの人に有効である、と言ったデータはあるのでしょうか?
      ここら辺は、私はよく分かっていないので、もし、そのようなデータがあれば、教えていただければと思います。
      また、そのようなデータがあったとしても、100%有効でなければ、その教育は、人によって合う・合わないがある、ということになると思います。
      数学的に絶対正しい「掛け算は可換」という事実を教えたとしても、人によっては分かりにくい、理解できない、という人がいるのではないでしょうか?
       
      みかんの話は、小学生が文章問題を取り扱う時に、文章が変わるとイメージしにくく、抽象度が増す…という意味でした。
      見えない袋の中を想像するのは難しく、絵に描きにくいから抽象度が増す、という話です。
      文章問題を読んで、それがすぐイメージできる人は問題ないし、そこに違いはない、と思うなら、その人には必要ないのでしょう。
      (余談ですが、比例の概念が分からない人や、相手との物理的な距離感がわからない人がいる…という話も聞いたことがあります。)
       
      時計の具体例は、日本語の語順(主語+述語)を考えると、先に主語(1時間は60分だから)を持ってきた方が、理解しやすくない?
      4/5時間は何分か?は分かっても、4/5分は何時間か?が分からなくなる人は、日本語的にも、先に主語(〇〇あたり)を考えると、分かりやすいよ。
      という話でした。
       
      1分がa時間だと分かった。なら、あとは、aを何倍かすれば良い。
      こういう、”1分あたり”、”一人あたり”という、”〇〇あたり”の概念が理解できれいれば、abでもbaでも構わないし、慣れたら機械的に計算しても、逆にしても良いと思います。
       
      夏の介さんが言われた、掛け算の順序を入れ替えた場合だと、主語が後(4/5× 60)になるけど、”〇〇あたりが後”と、固定して覚えていたら、分かりやすい人には分かりやすいかもしれません。
      (順番を逆に”〇〇あたり”を教えたとしても、慣れるまでは、どちらか固定して教えた方が、理解されやすいのかな?と思います。)
       
      これとは別に、”〇〇あたり”の取り扱いがあやふやな人に、
      4/5時間は何分か?を、60×4/5で教えた時、
      4/5分は何時間か?を、4/5×1/60で教えるのは難しくないですか?
      これ、逆でも構いません。
      4/5時間は何分か?を、4/5×60で教えた時、
      4/5分は何時間か?を、1/60×4/5で教えるのは難しくないですか?
       
      掛け算が交換可能と知っていても、私なら混乱するし、理解できないだろうなと思います。(事実、小学校時代は理解していなかった)
       
      “まとまりの数”の理解を促す良い考え方、教え方があるのなら、掛け算の順番に拘る必要はないし、それを実践した方が良いと思います。
      少なくとも私は、”まとまりの数”を教える時に、掛け算をこうやって使えば(主語は何か?と先に固定して教える方が)教えやすいし、理解しやすいのではないかな?と思うだけです。
      (実際、この漫画を描いて、分かりやすい!!と言ってもらえました。)
      また、この根拠も、私自身がそうである。ということです。
       
      何度も言いますが、掛け算の順序を固定して教えることが正しい、掛け算の順序を固定して教えることこそ正解であって、この考えが唯一の解法だ!!と言っている訳ではありません。
      あくまでも、導入時や、理解があやふやな人に対して、「一つ分×いくつ分」を教え、その後、掛け算の交換法則に気付かせ、どっちがどっちでもいいんだよ。と教えればいいのではないかな?と思います。
      掛け算の交換法則は知っていても、速さや時間の問題が分からない…という人にも、”〇〇あたり”はどう考えれば良いのか?という足掛かりとして、掛け算の順序を固定して教えても良いのではないかと思います。
      (実際、子供がそこで躓いたら、そうやって教える予定です。)
       
      勿論、掛け算の順序に拘り、違う解釈はバツである、などと教えるつもりはありません。
       
      夏の介さんは、どのように教えれば、”まとまりの数”の理解が深まると思いますか?
       
      掛け算の順序は大切か?大切ではないか?
      それは、人によりけりなので、掛け算の順序に拘るのではなく、”まとまりの数”をどう教えれば子供達の理解が進むのか?に拘って欲しいと思いました。

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